よみがえる備中櫓津山城の歴史その他



津山城
■津山城の概要
■森忠政と津山城築城
■津山城の武具
■津山城の食糧
■江戸時代の津山城石垣修復
■津山城本丸御殿炎上
■津山城廃城と鶴山公園
■津山城古写真
 
森家と松平家
■津山藩主 森家
■津山藩主 松平家
■森忠政の外交手腕
■森忠政の奉納鉄盾
■森家津山城最後の日
■津山松平家の合印・剣大の由来
■江戸留守居役
■津山藩江戸藩邸
■津山と赤穂の不思議な関係
 
衆楽園
■衆楽園(旧津山藩別邸庭園)
■北御屋敷と御対面所
■西御殿

   
 
衆楽園(旧津山藩別邸庭園)



 衆楽園は、江戸時代初期に津山藩主・森家によって築造された回遊式の庭園です。元禄11年(1698)に松平家が藩主となって以後幕末までは、家臣や他藩・他家からの使者を謁見するための「御対面所」、または藩主の隠居所の庭園として使われ、明治3年(1870)に「衆楽園」として命名されました。
 衆楽園は津山城の北側(津山市山北)に位置しており、庭園は南北に長い敷地で、大半を池が占めています。別邸跡の古い建物群は現存せず、それらを再現した建物(余芳閣・迎賓館・風月軒ほか)が建っています。
 池は中島と中島にかかる橋によって、大まかに三つの水面に分かれており、北の池は東と北から築山が迫るなど、深みのある物静かな景観を作り出し、余芳閣の2階からは、このような奥行きのある風景の背後に、はるか東方の山並みを借景として望むことができます。これに対して、中央から南の池は、池をめぐる道づたいに広々とした水面の風景を楽しむことができます。
 平成14年6月には国の名勝に指定されました。大名庭園としての国の指定は、岡山市の後楽園に次いで岡山県下で2例目です。
 今は一般開放(入園無料)され、四季折々の美しさを見せ、市民や観光客に親しまれています。

春の衆楽園
春の衆楽園
  冬の衆楽園
冬の衆楽園



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